甘夏edu

育つ、育てる、育む、教育などなど、「育」関連のあれこれについて

麦わらのかごを手放して百均のトレイに代えた話

台所に、ジップロックや使用前のスポンジ、ラップなどをしまうかごを置いていた。

 そのかごを、わたしはたしか就職してすぐの頃、下北沢の雑貨屋で買った。麦わら帽子に似た材質のそれは、中にものを入れるとぐにゃりと形を変える。割とすぐに自立しなくなったので、棚にもたせかけるようにして使った。柔らかすぎて中のものを出したり入れたりがしにくいので、かごの中はいつもなんとなくごちゃついていた。でも、遠目でみれば、雑誌で紹介されてる素敵な台所みたいに見える(ような気がする)ので、使い続けた。不便さには目をつぶった。

ある日唐突に、限界が来た。ジップロックの箱、ラップの筒、スポンジ・・・四角い形のそれらを四角いケースにきっちり納めたい衝動にかられ、手元にあった書類整理用のA4ケースに詰めかえてみる。すると、それまで、かごの形に合わせて変形したり端っこが折れ曲がったりしていた物が、ぴったり収まった。すっきりした。この快適さを、わたしはかなり長いこと我慢していたのだった。

雑貨を扱う本や雑誌は、すぐに古くなるプラスチックよりも、だんだん味わいが出てくる天然素材を推奨する。でも、実家の納戸に入れば百均のプラスチックかごが10年、20年選手で並んでいたりすることを、わたしは知っている。よいものを長く使うのはもちろん素敵だ。しかし、安くてカジュアルなものを長く使うのも、それはそれでけっこう味があると、わたしは思う。

百均のケースは、わたしの生活に機能性と気軽さをもたらしてくれた。かごの方は、ご近所への買い物かごとして使うことにした。(本来の用途に戻った、といえるかもしれない。)そしてわたしは、自分が百均のかごを無造作にチョイスするおばちゃんになりつつあることを、寂しくも、楽しくも感じているところだ。